2017年7月29-30日、愛知・名古屋戦争に関する資料館にてワークショップが行われました。

2017年7月29-30日の2日間、愛知・名古屋戦争に関する資料館にて、東海高校OBの大学生2名と、東海学園大学の学生2名、そしてコーディネーターとして名古屋大学大学院情報学研究科小川研究室の院生4名が加わって、資料館への資料提供者4名から戦時中の経験を聞き取り、デジタル・ストーリーにするワークショップを社会貢献活動として行いました。愛知・名古屋戦争に関する資料館の松下学芸員には、語り手さんの紹介と資料や写真資料、ワークショップの場所提供を行っていただきました。

学生たちは、お年寄りから経験談を聞き、その状況を理解したうえで、物語化し、それを記録資料やイメージ写真を用いて表現していきます。若者が聞き取れない言葉は丁寧に何度か質問し、その状況を頭の中に描きながら表現を試みます。若者ならではのアイディアで、資料がなくて表現しきれないことも、なんとか違和感なくストーリー化してくれました。語り手の方々からも、自分の思い出が違和感なく映像になって驚くとともに、記憶が残されてうれしいという反応をいただきました。
今回は,岐阜空襲、看護学生としての経験、そして満州からの引揚体験者のお話でしたが、参加予定だった特攻隊経験者が体調不良でお越しになれなかったり、満州の体験も幼少期の思い出であったりと、戦時中の聞き取り記録の困難を感じる実践でもありました。

第二次世界大戦の経験は、地域や境遇によって相当の差があり、ゆえにすべての物語を語り尽くせないという限界もあります。しかし今回改めて感じたことは、いわゆる典型的な空襲体験や引揚体験だけでなく、さまざまな立場があるということを知った上で、歴史について考える必要があるということです。というのも、歴史修正主義が生まれる背景には、いわゆる典型の語り以外のナラティヴがその根拠にされているだろうからです。戦時中でも、その立場や地域によって、典型で語られるような苦労をしなかった方がおられるということは、私自身も改めてワークショップを続けてわかってきたことでした。しかし一方に、語ることすらできない死者が膨大な数おられるということも忘れることができません。

短いデジタル・ストーリーで表現できる内容にももちろん限界はありますが、語りを再表現するというこうした経験を通して、若い学生たちが、当時の人びとの思いを理解し、それを表現するという責任ある作業を通じて、戦争と平和に関心を持ってくれたらと考えています。

本ワークショップには私立東海高校の西形久司先生にもご協力をいただきました。
完成した作品は以下からご覧いただけます。

 


橋の向こう: 岐阜空襲の際、幼い兄弟を連れて逃げた思い出を語って下さっています。

 


折られた花: 戦時中、満足に勉強することのできなかった看護学生がやらなければならなかった仕事とは。

 


満州で過ごした少女時代: 満州での子どもの日々について、ご本人の歌声とともに振り返ります。

 


空になったリュックサック: 幼い頃の楽しい思い出がたくさんあった満州から、一転、日本に帰ってきたときのストーリーです。

 

なお、体験談の中に、今日の人権意識に照らして不適切と思われる表現が含まれていますが、差別を助長する意図はなく、戦争体験の継承のために必要な、当時の状況を表す表現として使われたものであるため、元の表現のまま使用させていただいております。