2018.1.28日、名古屋大学野依学術記念交流館にて、「ラジオとフォーラム  その過去・現在・未来」を開催いたしました(総合司会:東海学園大学 北出真紀恵氏)。参加者47名。コミュニティFM含め,ラジオ関係者が16名、アカデミズムからの出席者が13名,ラジオに関心がある一般の方、メディア関係者が18名という多様な背景を持つ参加者内訳でした。

まず,CBCラジオ『聞けば聞くほど』から東京ディズニーランドでの労災認定のニュースと”me, too”についてのコーナー,そしてラジオクラウドからTBS『ジェーン・スー生活は踊る』の相談コーナー(2018.1.26), そして『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』から「低み」コーナー(2017.9.9)を共同で聴取し,担当プロデューサー、ディレクターへの質問を書き入れていただきました。『聞けば聞くほど』に関しては,ディズニーのキャラクターをめぐるユニークなやり取りを通じて,私たちの日常とニュースとが接続していく様子や日に500通集まるというリスナーからのコメントがどのように番組に使われていくのか,そしてme,tooの話題に関しては,パートナーである小高アナが的確に軌道修正をしたり,情報を補足したりする様子がうかがえました。またジェーン・スーの相談コーナーに関しては,自閉症の子どもを持つ男性のお悩みに対して多くのリスナーから反応が来る様子,そして,それに対して,スーさんや堀井アナウンサーが,現在の,また40代女性の視点からさまざまな立場の人びとに配慮しながらアドバイスを行う様子がうかがえました。「低み」は,「誰にも迷惑をかけていない。犯罪でもなければマナー違反とも言えるかどうかもわからない。ただし、確実に何かが低い」とみなされる意識の低い微妙な行為について,パーソナリティが面白おかしく判断の基準を多様に呈示し,その「低さ」について議論する様子が示されました。

その後,開会の挨拶として,主催の名古屋大学情報学研究科の小川明子から,戦後,GHQの介入などででき上がった参加型,民主的なラジオ番組の歴史や60年代,テレビにメディアの王座を奪われたのちのワイド化において,ラジオが聴取者の参加性が高いメディアとして発展してきたこと,故に,このシンポジウムでは,こうして多くの人びとが意見を述べ合ったり,一緒に遊んだりすることのできるラジオ的「フォーラム」が,いかにラジオの送り手やパーソナリティによって「デザイン」されてきたのか,しようとしているのかを分析し,それをフィルターバブルやエコーチェンバーと言われるネットを媒介とした分断の時代に,いかに生かせるのか,道筋を示すことが目的であると説明いたしました。

続いて,CBCラジオで人気番組『聞けば聞くほど』を25年担当していらした加藤正史ディレクターに,現役,東海ラジオの源石和輝アナウンサーがインタビューをするというかたちで,どのように多くのリスナーが意見を交わすフォーラムを形成しているのかをうかがいました。番組開始当初は,深夜番組で下ネタをベースにした「放送禁止歌」を歌っているつボイノリオ氏を朝のパーソナリティに据えることに関して,上層部から抵抗もあったこと。しかし家庭用ファックスの普及時期と重なり,その日のニュースに対するリスナーの意見を生で聞ける参加型のスタイルがつボイ氏の期待どおりうまく定着したこと。そして市井のリスナー(つボイ氏いわく500人の構成作家)たちが,自分の仕事や趣味の領域で,それぞれの話題について,ニュースやネットなどでは簡単にはわからないような専門的な知識や意見をすぐに番組に提供してくれたこと, そのファックスをすべて保存し,何十年経っても紹介するつボイ氏のスタイルなどが結果としてうまく作用したとお話いただきました。また,つボイ氏は,本当に気に入らないなら無視すれば良いのに,わざわざ意見を送ってくるとして,あえて自分たちに批判的な過激な意見も紹介していること。またスタジオのデザインについても,公開放送型の通りに面したスタジオ(リスナーには向き合うが,話し手同士は向き合わない)ではなく,パートナーと互いに向き合いながら話ができる奥まったスタジオであったことが結果として良かったのではないとも分析されました。またwikipediaをひきながら,この番組が,小高直子アナウンサーとの2人の番組であることがきちんとリスナーに評価されていることの意義,彼女の功績についても指摘されました。

次に,TBSラジオのプロデューサー,橋本吉史氏から,「ラジオの強みとは何か」というタイトルで,今,ラジオに求められていることの分析をプレゼンテーションしていただきました。橋本氏は,ライムスター宇多丸氏や,ジェーン・スー氏といった当時ほとんど世の中に知られていなかった才能を見つけ出し,番組に登用し,それが多くの新しいリスナーを獲得しています。また同時に,TBSラジオクラウド等スマートフォン対応のアプリを開発し,全国のラジオとスマートフォンとをつなげる試みを始めたプロデューサーでもあります。
橋本さんは,二人のパーソナリティに初めて出会ったときのこと,毒蝮三太夫氏の一言一言を丁寧に紹介しながら,ラジオパーソナリティには,みんながなんとなく心の中で思うようなこと,疑っているようなことをずばりと言える「正直さ」が求められているのではないか。そして支持されるパーソナリティは,話し方が流暢であることよりも,突発的な出来事やコメントに対して的確な瞬発力があること,そしてそれをうまくエンターテインメントにする力が必要なのではないかと分析されました。
さらに,スマートスピーカーを初め,Radikoやラジオクラウドなど,ネットとの連動で,今,これまでになくラジオには関心が向けられていること。その時代にうまくその価値をアピールしていく必要があるとも提起されました。そのときラジオはサブカルチャーの領域で,新たな流行の種となる話題を見つけだし,それを芽吹かせるうえでまだ十分力を持っていること。また,たとえば「低み」,「KO-KO-U(孤高。一人でいることの新たな価値付け)」などの例を挙げ,新しい概念を呈示してみせることによって,ラジオは日常における新しい考え方,視点を呈示することができるメディアである(HipHop的!)との見方を示されました。

コメンテーターの伊藤昌亮氏からは,「フォーラム」という概念がもともとはローマの広場における公開討論や商売にルーツを持ち,インターネットの時代には,パソコン通信,あるいは一方で東欧革命などでは市民的理念を結実させるような場の概念として90年代に用いられていたものの,現在では主流派マスメディアが掲げるリベラル・コンセンサスに対して不満を募らせる草の根保守やネット右派が台頭する場になっているとその経緯が説明されました。そしてお二人のラジオ制作者のプレゼンテーションを受けて,ラジオのパーソナリティのスタンスには,心の中で誰もが思っていることを断言したり,世の中に対して切り込んでいくような発言ができること(決断主義)と同時に,そうはいっても多様な見方が存在することを理解し,ものごとの両義性に気づけること(多元主義)の両方が求められているのではないか,そしてそのバランスが重要と提起されました。
伊藤氏はさらに,ミハエル・バフチンの「グロテスクリアリズム」「カーニバルの笑い」の概念をひきながら,聴取した人気番組の「フォーラム」形成には,真面目な話題だけでなく,下ネタや毒舌,正直さや食,性といった,人間的な笑いが含まれていることに着目し,こうした笑いが権力を「引き落とし」,その場にいるものをともに笑わせ(誰かをターゲットにして嗤うのではなく),日常の硬直したシステムや自己批判へと向かわせる可能性がある。そして「マスメディア未満インターネット以上(加藤晴明,2009)」としてラジオが築いてきた,こうした「カーニバルの笑い」を媒介としたフォーラムは,弱者を攻撃しがちな分断の現代にこそ,改めて求められているのではないかと整理されました。

続くディスカッションでは,ラジオ営業に関わっている方からの質問として,こうしたフォーラムを支えていく上で必須のスポンサーとの関係をいかに築いていくことができるのか,制作側からの意見が求められました。CBCラジオディレクターの菅野光太郎氏からは,担当番組のパーソナリティ北野誠氏が,営業の人とも飲みながらその想いを交わし合い,そうした意図をスポンサーに伝えてもらうしくみが作られていること,また加藤氏からは,たとえばラジオショッピングなどでは,パーソナリティへの信頼が営業とつながっていることなどが紹介されました。また,昨今のいわゆる「政治的圧力」は実際現場ではどうなのか,あるいは対抗勢力からの激しいバッシングは業界内にどう影響しているのかといった点についても質問があり,橋本氏は「政治的圧力に対する「自粛」というよりも,こういう時代なので,足元をすくわれないよう,事実確認をきちんとするといったポジティブなかたちで影響が出ていることは確か」と答えられました。最後に,”me,too”の動きや最近話題になった「黒塗り」を例に,「常識」やポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)が移り変わるなかで,パーソナリティがどのように人びとを引き付ける決断主義と多元主義とを両立させていけるのかといった点に焦点が当てられました。パーソナリティにはそのエッジを見極めていく性質が不可欠であるが,高齢化したりしてその常識がずれてくることもある。それに対し,つボイノリオ氏と小高直子アナ,ジェーン・スー氏と毒蝮三太夫氏のようにどちらかが互いに修正しあってバランスをとっていくやり方があるということが指摘される一方,(TBSやCBCといったリベラルを自負するラジオにおいては,少なくとも)ラジオパーソナリティには弱者の立場を理解する心性が最も必要であり,それがあれば,多少,現代のコレクトネスからずれたとしても,誰かに指摘されたときに新しい考え方に柔軟に対応できるという点でパネリストの意見が一致しているように見受けられました。

その後の懇親会にはほとんどの参加者がそのまま残り,ラジオをめぐって熱い想い,議論が交わされました。今回は送り手と受け手が理解しあう空間として2年続けてきたラジオカフェの最終シンポジウムになりましたが,それにふさわしい,充実した議論ができたのではないかと(めずらしく)自負しています。貴重な知見を惜しみなく与えて下さった登壇者のみなさま,凍えるように寒い会場(申し訳ありませんでした!)で見守って下さった参加者のみなさま,そして,これまでラジオカフェを支えて下さったみなさま,どうもありがとうございました。(写真提供:天木健氏)(JSPS科研費 15k00464)

※2年間のラジオカフェの報告についてはこちら→ ラジオカフェ記録

日時:2018128日(日)午後2:00-5:30

場所:名古屋大学東山キャンパス 野依学術記念交流館 1F

参加費:無料

懇親会費:2000 円(18: 00 ~ 会場内)

定員:50名

申込:必要

名古屋大学大学院情報学研究科

   小川明子 a-ogawa@nagoya-u.jp

 

スケジュール                   総合司会:北出真紀恵 (東海学園大学)

13:30-        第7回 Nagoya ラジオカフェ -対象番組を聴く

    CBC「つボイノリオの聞けば聞くほど」/TBSラジオ番組「ジェーン・スー 生活は踊る」他

14:00 開会

14:05 「リスナーとパーソナリティ 25年の歴史」

    加藤正史(CBCラジオディレクター)

         聞き手: 源石和輝( 東海ラジオアナウンサー)

15:10 「ラジオの強みとは何か? TBSラジオの取り組みから考える」

     橋本吉史(TBSラジオプロデューサー)

16:10 討論者コメント                         伊藤昌亮(成蹊大学)

16:40 ディスカッション                   司会:小川明子(名古屋大学)

(本シンポジウムはJSPS科研費 15k00464の助成を受けています)