2019年11月16日、17日の2日間、インドネシア・ジョグジャカルタのアトマジャヤ大学にて、AMARC(世界コミュニティラジオ協会) 第4回アジアパシフィック大会 「Community Radio for Resilient Communities」に参加してきました。インドネシアというと、面積は日本の約5倍で人口がほぼ2倍(2億6000万弱)。日本と同じ島国で、たくさんの災害を抱える国であり、2004年のスマトラ沖地震と津波、2005年のスマトラ地震、2006年のジャワ中部地震、2010年のムラピ山噴火、2017年のバリ島アグン山噴火、2018年になってからもロンボク島地震、スラウェシ島地震と津波、と日本に負けず、とんでもなくたくさんの災害に見舞われています。

こうした状況下で、JICAと提携しながら、災害に見舞われがちな地域に小さなラジオ局を作り、災害時や減災に生かそうという試みを続けるのが、1995年の阪神淡路大震災の際、神戸で開設された多言語FM「FMわいわい」(現在はインターネット放送に移行)元代表の日比野純一さんとその仲間たちです。私も日比野さんの案内で、2016年に、ムラピ山噴火の被災コミュニティやその近辺で運営されるコミュニティFMをいくつか見学させていただきました。このあたりの地域では、またいずれ噴火で(再び)被災することがある程度予測されていても、やはり生まれ育った山で暮らしたいと願う人びとがたくさん暮らしています。印象深かったのは、町の人たちのガムラン、そして子どもを膝の上に乗せながら、イスラム教の教えを村の子どもたちに伝えるコミュニティラジオの番組です。いずれも個人の家の軒先に小さなスタジオがあるというような感じ。なんとなく有線放送電話(滋賀県立大学人間文化学部細馬宏通研究室による紹介)のような感覚で町の人は聞いているのでないかと思いますが、有線放送電話がわかる日本人も今では相当少ないと思いますので、あまりいい説明ではないかもしれません。おそらく、有線放送電話よりももっとカジュアルな雰囲気です。

こうしたコミュニティ・ラジオは、共産党の統制下にある中国、そして放送法上認められないシンガポールやマレーシアを除き、それぞれの電波や放送をめぐる歴史の影響を受けながらアジア各地で展開され、その多くが「非営利」で運営されています。その意味で、日本のコミュニティ放送は、世界基準と比べれば「コミュニティラジオ」とは言えないかもしれません。ちなみにインドネシアの場合は、法規制が未整備のうちに広がり、現在500以上のコミュニティラジオが運営されているということです。ミャンマーではドイツのNGOが初めてコミュニティラジオを立ち上げたばかり。ネパールでは325のコミュニティラジオ局があるということで、今回も300人の参加者中、100人がネパールでしたが、ここでは徐々にローカルラジオのように規模が拡大したり、政治との絡みが生まれたりしているとのこと。とは言え、カーストをめぐる悪習や子どもの結婚などをなくしていくために、新しいコミュニティに嫁いできた女性や、子どもたちを「コミュニティ・ジャーナリスト」として養成し、番組内で報告をしてもらうという試みも展開されているようです。アジアで展開されているコミュニティラジオの一定程度は、UNESCOや国際NGO、あるいは政府によるマイノリティ支援などを受けており、保健衛生や食料、女性の自立、人権問題などに対する、いわば「開発コミュニケーション」のツールとして実践されている場合も少なくないように見受けられます。

今回の会議のテーマも、したがって非常に現代的。例えば、LGBTQを含むジェンダー問題やドメスティック・バイオレンス、ネットいじめを番組でどう捉えるのかといった問題を掲げたセッションでは、コミュニティラジオだけでなく、警察や政治、マス・メディアと連携してキャンペーン化していく試み、男性に聞いてもらうための仕掛け、女性の教育を番組内で積極的に応援する事例などが提案されていました。また「高まる排外主義とどう戦うか」というセッションでは、LGBTQや宗教、民族の多様性を番組の中にいかに担保していけるかが問われる中、日本のFMわいわいの金千秋さんから、ラジオのなかだけに留まるのではなく、なるべくイベントで町の中に出るという事例が紹介され、周縁化されがちな人びとの多様性を実際に町の中で可視化することで、「ここにいていい」というメッセージを発していくことが重要ではという提案がなされました。いずれの国にも、マイノリティと呼ばれる少数民族やグループが存在し、最近ではグローバルな労働力が増加しているわけですが、少なくともこの会議に出席しているラジオ局は、先に述べたような背景から、多様性を重視して運営されているようです。

実際、移民、難民も各地で増加しており、それぞれの国において、多数派からの攻撃をいかに避けていくかが問われているようです。日本でも京都コミュニティ放送で「難民ナウ!」を展開している宗田勝也さんが登壇されました。このセッションでは、せっかくAMARCが世界中のコミュニティ放送局と連携しているのだから、移民が育った地域や働いている地域のコミュニティ放送局同志が連帯し、情報交換をしていくことはできないだろうかという提案もありました。そうしたことができれば、まさに草の根の情報ネットワークとして、彼らを支援していくことができるようになるかもしれません。

さて、今回、もう一つ重要なテーマが災害です。その点においては日本の様々な試みが紹介され、存在感をアピールしていました。ここのところ話題になっているFM和歌山らの山口誠二さんは、注目をあびたAIアナウンサーだけでなく、リスナーがインターネットラジオにログインした途端、パーソナリティにそのハンドルネームが伝わり、番組内で呼びかけてもらえるというシステムも開発。これによって、メールの投稿数が3倍になったそうです。AIアナウンサーに関しても、夜中でも昼間でも、音楽を流すだけではなく、何かしらの情報が流されていることで、むしろリスナーに安心感を与えることができるのではないかとのこと。また災害時に多言語放送をも可能にするシステムDa Capoも世界の関心を呼んでいました。一方、福島第一原発で避難を強いられた富岡町とも連携して、仮設住宅が故郷になってしまった子どもたちとラジオ番組や映像を作ったりして福島の声を外へと伝えるVoice of Fukushimaの久保田彩乃さんからは、原発事故が起きれば、女性や子ども、コミュニティ、環境、いろんな問題が一瞬にしてその町の人たちに襲いかかってくる。こうした多様な問題を解決していく上で、コミュニティ放送は、地域の子どもたちを育てていく役割を担っているのではないかと提案されました。さらに、災害時に素早くラジオを立ち上げ、情報提供を始められるバックパックラジオ(5万円程度から)の紹介(BHNテレコム支援協議会とFMわいわいのプロジェクト)にも各地から大変たくさんの関係者が関心を持って見学をしていました。日本でも各自治体に普及させる動きがちょっと見えてきているとのこと。手軽に災害初期からデマを防ぐオフィシャルな情報が流せて、また被災者の気持ちを落ち着かせることのできるこうしたラジオの存在は日本でこそ必要かもしれません。

今回は4日間の弾丸出張でしたが、帰国前日、「ビール飲みに行きませんか」と誘っていただき、軽い気持ちで返事をしたところ、イスラム教の国なので、タクシーを使って「アルコールが飲める店」に行かないといけないということにあとで気づきました。とは言え、そこは日本や西洋と変わらないようなクラブ(?)であり、こうした空間にも、原理主義者などからはお酒を出したりしないようにという要望が来るのだとか。暑い中でのセッションを終え、ビールで気持ちよくなった脳内に、バリやバングラデシュでのテロが頭をよぎり、多文化共生の難しさも感じた一瞬でした。