コミュニティにおけるデジタル・ジャーナリズム

季節ごとに発行される紙の新聞。地域に無料で配られる。

デジタル時代の新しいジャーナリズムをいかに構築していくか。ヨーロッパにおける先進的事例として最近数多く参照されているのが英国ブリストル・ケーブルだ。ケーブルと言ってもケーブルテレビではなく、ウェブと紙の新聞(年4回。無料)のメディアであり、英国南西部、人口47万人弱のブリストル市で、2700名の支援メンバー(90%以上がブリストル在住)によって「社会的企業(Community Benefit Society)」として設立された協同組合型ニュースメディアである。財政的にはメンバーの会費(最低月1ポンド、平均4ポンド。35%)と米国を含む財団からの助成金(60%)、少量の広告によって成り立っているメディアだ。

新たに地域のニュース企業を設立しようと考えたのは、英国においてメディア買収や広告モデルの崩壊が進み、地域に密着した情報やジャーナリズムが衰退傾向にあること。そしてオンラインメディアの報道は増えているものの質が一般的に下がっているという危機感からだという。地域社会において、民主主義的な決定が健全になされるためには、議論に必要な情報が十分に供給される必要がある。その際、権力者が隠したい不都合な真実を明るみに出す調査報道が必要であり、真実を追及するメディア、ジャーナリストが不可欠である。ブリストル・ケーブルの記事は、主にジャーナリスト経験を持つフリーランス4−5名が週2-3日勤務という形態で執筆・作成し、そのほかに記事単位で寄稿するジャーナリスト100名程度が「送り手」として参加している。

インタビューに答えてくれたSam Kinch氏。
週に2.5日という勤務契約だという。

基本的に、記事は、オンライン、ポッドキャスト、映像などで全ての人に向けて無料で公開されている。調査報道などは、誰もが内容を知るべきという理由で年4回、紙の新聞も発行されている。紙の新聞を無料で配るのは、これには地域の人々にその存在を知らせ、メンバーを増やす意味もあるという。一方、メンバーは、単なる読者とは異なり、年次総会などでは財務を精査したり、役員を選出したりする役割を担う。役員に立候補することもできる。また、総会や例会は、きわめて念入りに準備された上で、ワークショップ方式で地域の課題について議論がなされる。従来型の客観報道を超えて、状況の変更を訴えるアドボカシー・ジャーナリズム的な報道姿勢を取ってもいいのか。今後の方向性は文化を増やすべきか、より調査報道を増やすべきか。年次総会においてこうした内容が小グループで検討され、決定されていく。コロナ禍では、取材の方向性や興味関心のありようなどをオンラインのアンケートでメンバーに尋ね、それをスタッフが建設的な方法でまとめて取材が開始されるシステムが開発された。また地域政治に重要な意味を持つ市長選などでは、メンバーや地元住民の意向を尋ねて分析し、重要課題のリスト(この時は住宅価格の安定、気候変動対策、公共交通機関の向上などが上位)を作成して候補者たちに届けた。このように、メンバー、すなわち受け手側とともに地域の課題を探り、取材内容を決め、その解決に向けて働きかけるブリストル・ケーブルの方針は、ソリューション(建設型)・ジャーナリズムの動向とも一致する。また、情報をメンバーから募るという点において、クラウドソーシング型ジャーナリズムの側面も有している。

ブリストルケーブルの社内。リモートワークで出勤者は少ない。

デジタル時代のジャーナリズムのモデルとして提起されているありようが全て取り入れられたかのようなブリストル・ケーブルだが、サステナブルな存続のためには、やはり財政的に三分の二を財団に頼っている点は心もとない。ただし、地域の人びとへの認知を高めていく過程においては初期投資が必要に違いないので、今後、メンバー数を増加させることで経営を安定させていくことが課題だという。ブリストルは比較的多様性に富んだ町であり、行政に対する関心も高く、デモなども多い町で、そうした背景があってこそ成立するメディアとも言える。故に、デモなどの際には新聞を手渡しするなどして、知名度を上げて、メンバー増加を企図しているという。世界のジャーナリズム関係者の期待を背負ったメディアの今後に注目したい。