スウェーデン リンネ大学 Fojo Media Institute Lars Tallert氏、に聞く
昨今、「ニュース砂漠」という用語によって、地域社会におけるジャーナリズム活動が危機的状況にあることが世界的に指摘されるようになった。新たなデジタルメディアの登場は、ニュース供給活動やメディアの収入構造を激変させている。そうした状況にあって、スウェーデン、リンネ大学のFojoメディア・インスティテュートは、「サステナブル・ジャーナリズム」を掲げて国際的なネットワークで調査報道などの支援体制を構築している。この活動が興味深いと考えたのは主に2点による。
まず1点目に「サステナブル・ジャーナリズム」という理念の明快さである。サステナブル・ジャーナリズムとは、おおむね以下のようなことを意味する。まず現代社会は、気候変動などの環境問題や、貧困、不平等、民主主義の崩壊といった危機と隣り合わせにあり、その持続可能性を問われている。
一方で、そのニュースを伝えるのは、メディア、とりわけジャーナリズム活動の役目である。そして日々のニュースや情報供給を行うジャーナリズムもまた、グローバルなメディア企業の台頭による旧来の収入モデルの崩壊や、権力とメディアの癒着(Media capture)、偽情報や誤情報の問題、そしてメディアに対する市民の信用低下という危機にさらされ、持続可能性を問われている。
重要なことは、この2つの持続可能性が表裏一体の関係にあるということだ。持続可能な社会を構築していくためには、適切な情報流通とともに、課題に対して議論したり、対策を立てたりする上で必要な情報やニュースを、政治的・経済的権力に遠慮せず、滞りなく供給できるジャーナリズム活動が必要で、またそうした健全なジャーナリズム活動は、権力の抑圧を過度に受けない健全な民主主義社会によってこそ支えられるからだ[i]。そしてこれまでジャーナリズム活動は、市民の「知る権利」を代表し、司法や行政、立法や大企業に対して、監視の目を向けるウォッチドッグ機能としての存在意義を自覚した新聞や雑誌、放送というマスメディアによって担われてきた。特に、権力を持つものの不正を明らかにする調査報道は、時間をかけた念入りな検証が必要であり、ゆえにまた費用がかかる活動でもある。Googleなどの巨大メディア資本によって情報環境やメディアの収入が大きく変容する中で、民主主義において不可欠な調査報道のような費用のかかる試みをいかに維持していけるのだろうか。実際、日本でも、マスメディアが存在しなかったり、撤退したりした地域において、市民がボランティアベースで地域社会における不正を明らかにしていこうとする試みが表れ始めている。多様な文化があり、まだ正解は見えていない。そのため、ジャーナリズムが「サステナブル」でなくなる前に、世界各地のさまざまな事例を参考にしながらネットワークを構築し、情報を交換し、支えながら考えていく必要があるだろう。例えばスウェーデンをはじめ、北欧諸国では、報道は公共的なサービスとして不可欠だとして、国から報道助成金が支払われ、税金が一定免除される。こうした助成金や免税制度は経営母体の安定には役立つだろうが、国に対しての信頼感が強く、また国民自身が政府に対して常に監視の目を向ける北欧だからこそ成り立つものであり、他の国では限界もあるだろう。また和を尊ぶ日本では小さなコミュニティにおいて、批判的な調査報道を身内に対して行うことで四面楚歌になる可能性があるが、同様のことはアジアの別の地域ではどのように解決しているのだろうか。互いに情報を交換し合う中から異なる視点や解決策が見出されることもあるだろう。
ゆえにFojoに対する2つ目の関心は、このFojoが国際的なメディアとアカデミアのネットワークを構築しようとしている点にある。調査報道やデータ・ジャーナリズムについてのノウハウを学べるトレーニングや教材の共有、メディア制作手法などが大学が有する知を活かして提供される。Fojoでも、途上国や小さなメディアへの支援が、行政や財団などからの助成金を申請することによって多彩なプログラムが世界各地で実施されている。現在、ヨーロッパには、英国で話を聞いたThe Center for Investigative Journalism や、カーディフ大学に本拠を置くThe Center for Community Journlismなど、ジャーナリズム教育・支援のネットワークがきわめて豊富に設立されている。FojoのLars Tattert氏も、The Center for Investigative JournalismのTom Sanderson氏も、ジャーナリスト経験を持ちつつ、大学でも教えており、多様な人材がジャーナリズムとアカデミズムを横断しながら、サステナブルなジャーナリズムについて模索している。
日本ではどうだろうか。大学におけるジャーナリズム研究所等も設立され、徐々に活動を始めているが、まだ研究中心で、支援についてはあまり聞かない。今後、他国のように財団が決して多くはない日本で、教育や助成金支援のネットワークをいかに作っていけるのか。考えていきたい。
[i] Fojo Sustainable Journalism: Vision 2030 and Strategy 2022-2025