刑務所内だけで聞けるラジオがあるのをご存知でしょうか。「刑務所ラジオ」は、1970年代に富山刑務所で始まり、受刑者たちがリクエスト(メッセージ付の場合もある)した曲をDJが紹介し、曲を流すという活動で、多くは刑務所の館内放送を通じて聞かれています。DJは、更生活動に携わる外部の協力者が担当する場合もあれば、地元コミュニティFMの関係者ということもあります。ちなみに札幌では、コミュニティFM、三角山放送局で地域に向けても放送されています。
修士課程院生の芳賀美幸さんは、中日新聞の記者として、少年犯罪などの取材をした経験からこの活動に関心を持ち、現在、刑務所ラジオの研究をしています。私も松本や豊橋の活動の調査に同行し、その可能性と限界について考えてきました。日本では番組制作に受刑者が携わることは稀ですが、英国では番組制作に受刑者が携わっています。今回、他の研究テーマでヨーロッパ調査に出向くついでに、ぜひその様子を見てみたいと、現場を見学させていただき、番組制作に関わっている受刑者たちにインタビューをさせてもらいました。
英国の刑務所ラジオは、現在、National Prison Radioという非営利団体によって運営され、塀の中だけで聞くことができます。実は、2005年に始まったこの活動の基盤に、英国のホスピタルラジオがあります。M.Robinson氏は、病院で孤独に病と闘う人々を励まそうとするボランティア活動に関わる中から、刑務所でもこうした活動が必要ではないかと考えて活動を構想し、協力者を募っていきました。元BBCスタッフ、P.McGuire氏によって2009年にNational Prison Radioの活動として全国に配信されるラジオとして法務省との連携で現実化されていきました。McGuire氏は、スタッフを募り、音楽を流すだけだった刑務所ラジオを、よりトーク中心のものへと変化させていきました。
ロンドンにあるBrixton刑務所は、19世紀初頭に建てられた古い刑務所で、800人前後を収容しているそうですが、現在では中に受刑者が働くレストランがあるなど、昨今では更生に力が入れられている印象です。
刑務所の中に記録メディアを持ち込むことができなかったので、内部の写真などはお見せすることができないのですが、刑務所内には立派なスタジオと編集ルームがあります。受刑者が使う編集ルームはインターネットに接続されておらず、またスタッフの部屋とも切り離されていますが、そこで編集をしたり選曲をしたりするそうです。当日はDJとして活躍する7名のうち3名にインタビューしましたが、このプロジェクトに関わることができるのは、人に害を与えていない受刑者であることが条件で、他にも研修の様子や刑務所内での様子を全般的に考慮し、スタッフが丁寧に人選をおこなっているとのこと。3名はとてもリラックスした表情で、ラブソングが好きなこと、フォーマルな話し方に慣れたことなど、番組に対する想いや工夫について語ってくれました。 関わるスタッフたちも非常にフランクに受刑者たちに話しかけ、人として対等に扱っている印象を受けました。
新自由主義的な国家において、刑務所はまだまだ更生よりもリスクマネージメント、管理に力が向けられる場所ですが、刑務所ラジオの活動は、個人の力を信じ、塀の中で過ごす受刑者たちの生きられた経験に光を当てることでこうした動きに抵抗することを目指しているといいます。その雰囲気を十分に感じられる訪問になりました。
なお、芳賀さんはこの秋から、少年院、刑務所経験者が語るラジオ、「コウセイラジオ」を豊田市のコミュニティFMラブィートで企画しています。