鄧 博文

2024年2月19日、台湾の原住民向けのラジオ・テレビ兼営放送事業者--財団法人原住民族文化事業基金會(以下略称「原文会」)で状況のヒアリングと見学を行った。

原文会の設立をめぐっては、かなり困難で長い道のりがあった。設立経緯の前に、台湾原住民(台湾ではこの用語を用いている)「正名」運動から確認しておこう。原住民正名運動とは、1984年に台湾の原住民族が中華民国政府に対して提出した権利要求であり、背景には、過去に中華民族を中心とした定義に基づいて「山地同胞」と呼ばれていたバイアスを含む用語の改正や、伝統的な人名、部落の地名の回復など、文字通り「名前」をめぐる抵抗運動がある。最終的にこの運動は1994年8月1日に国民大会の憲法改正を経て、憲法增修条文において、蔑称であった「山胞」を「原住民」へと修正することで成就した。その後、原住民と原住民族に関心を持つ漢民族の人びとが、共同で「少数民族委員会」を成立した。こうした組織を含む長年の議論を経て、日本の内閣に相当する台湾の行政院が1996年に「行政院原住民委員会」を設立。原住民の教育権を保障し、原住民の教育水準を向上させるため、1998年に「原住民族教育法」を公布した。この法律により、「各テレビ局は専用の時間帯とチャンネルを設け、原住民文化を伝承するための番組を放送する」こととなった。

財団法人原住民族文化事業基金會の外観

2004年、台湾政府は原住民テレビ局を設立したが、経営権は他のテレビ局に任されており、「原住民以外の人が原住民の視点から番組を制作しにくい」といった問題があったため、数年間の議論と修正を経て、2014年に正式に「財団法人原住民族文化事業基金會」を設立し、原住民テレビ局の経営権を獲得。続いて、2017年には原住民ラジオを含む放送事業者となった。少数民族文化の伝承を確保する上で、メディアに期待が集まり、その重要な役割を担うことになったのが原文会である。

原文会は現在、256名のスタッフを抱えており、2008年の103人から倍以上になっている。2024年時点で原住民スタッフは187名、非原住民スタッフ69名(男性120人、女性136)。原文会の今年度の総予算は6億1,465万3,000台湾ドル(29億2千5百万円相当)。台湾政府による原住民支援政策の一環として、政府からの拠出による予算であり、視聴率を目的とした番組制作は行われていない。

アジア初の原住民向けのテレビ局として、今一番注力している番組は「族語新聞」である。台湾では、16の原住民族が政府によって認定されているので、16人の少数民族言語のアナウンサーを雇い、16の言語でニュースを放送している。内容は国際ニュースから伝統イベントまで多様なコンテンツが含まれている。さらに、団体競技の形式で原住民の言語を学ぶエンターテインメント的な企画や、原住民の料理を紹介する番組もある。原住民テレビ局は、これらの番組を通じて、原住民の言語と歴史を伝承するとともに、より多くの台湾人に原住民文化を理解してもらうことを目指しているという。

「族語新聞」放送中の様子

実際、台湾原住民文化の伝承は、急務とされる課題である。先に述べたように、多くの民族が政府によって認定されたものの、まだ認定されていない民族も少なくない。例えば最も多い人数を占める民族として「平埔族」がある。平埔族は早くから漢民族と接触し、都市に住んでおり、漢民族化が進んでいるため、自分たちの言語や歴史を完全に失ってしまったのだという。原住民テレビ局は平埔族文化に精通している人々を積極的に探し、平埔族に関する番組を増やすことで、平埔族が早く認定されるよう支援しているという。


デジタル時代に合わせて、より多くの人々のニーズを満たすため、原住民ラジオ「Alian」も誕生した。ラジオと称されているが、現代人の聴取習慣に合うため、現在は主にポッドキャストの形で放送されている。主な番組は二つある。一つ目は「原視ポッドキャスト」、主に原住民に関連する公共の問題を探求する番組である。専門家や学者と対談形式で、社会的および政治的なレベルでこれらの問題について議論する。二つ目は、「原味星球」という多くの原住民音楽家と彼らの作品を紹介する番組である。

基金会では、メディア事業以外に、原文会は原住民向けの文化祭や芸術祭の開催にも注力している。現在行っているイベントは、原住民の芸術品を展示する「PULIMA」文化祭と、原住民に関する映像・写真を展示する「MATA」芸術祭である。原文会マーケティング部副部長の曾氏は、「原住民に対するステレオタイプを変えたい」と述べる。これら二つのイベントは、台湾の原住民が互いに交流し、自分の文化を伝える大事な懸け橋となっている。また原住民文化の伝承だけでなく、現代芸術の形で新世代の原住民の姿を世界に伝えたい、というのが原文会の期待するところだという。

とはいえ、気掛かりな問題もないわけではない。政府からの援助で成り立っているため、原住民族文化事業基金会の運営状況は安定しているが、創立以来の問題として、予算不足がある。非営利組織であるため、番組中に広告を挿入するような商業行為は禁じられている。このため、テレビ番組やポッドキャストの放送時間を短縮せざるを得ないことが多く、大型企画もできない状況にある。さらに、名目上は独立したメディアであるが、全ての資金が政府から出資されているため、コンテンツ制作において政府の審査を受けなければならない。そのため、番組には政策を宣伝する内容を強制的に加えることが求められることもある。実際に、一般からは、原文会が政府のプロパガンダマシンとして使われているという批判も絶えない。

 原文会はオーストラリアやカナダを含む多国の映画祭に参加し、ドキュメンタリーやアニメーション分野で受賞した作品もある。しかし今のところ原住民をテーマにした国際映画祭、例えば世界的に有名な映画祭 Imagine Native Filmでの受賞はない。その理由は2つある。1点目に、現在多くの先住民国際映画祭では、その集団意識や原理主義的な視点を強調することをやめ、評価の証言を先住民出身の監督たち個人の視点に置いているからである。そうした点でまだ国際的な変化に追いついていない。2点目に、台湾政府がまだ原住民に対する悲劇的な歴史を完全に正視しておらず、ドキュメンタリーの中に加えることを禁じているからである。こうした制限があるために十分に内容に深みを持たせることができず、原文会が制作するドキュメンタリーが世界レベルでの芸術水準に達することが難しい。政府との関係をめぐって、どのように対処し、表現の自由を最大限に確保するかは、原文会が今後取り組むべき最も重要な課題と言える。

右側から:ラジオ部の謝岱霓氏、
文化マーケティング部副部長 曽瓊慧氏、ラジオ部副部長 雅姫喜六氏