写真1. Zetlandのオフィス。チーム制で記事を配信する。

2013年、オランダの「De Correspondent」は、ページビュー数を争うニュースではなく、ジャーナリストによる質の高い調査報道を掲げ、クラウドファンディングによる1億7000万におよぶ資金とメンバーシップ制によるマネタイズによって世界の関係者の注目を浴びた。その誕生ストーリー現状は別サイトに譲るとして、このコレスポンデントの成功に触発された新興ニュースメディアとして注目されているのが、デンマークの「Zetland」だ。Zetlandは2016年に現在のスタイルへと変化し、2022年9月現在、ジャーナリズムの訓練を積んだ20数名のジャーナリストのほか、エンジニアやマーケターなど計43名のスタッフで運営されている。会費は月に129デンマーククローネ(1クローネ≒20円。学生半額)と安くはないが、課金メンバー28000名以上(家族や社員など購読可能メンバーは45000名以上)を有する。なかでも注目されるのが、50%が35歳以下という点であり、多くのニュースメディアがなかなかリーチできない若年層でメンバーが増えている点が注目されている。その理由は何か。2022年9月初旬、筆者はコペンハーゲンの本社で、当社CEOのTav Klitgaard氏にインタビューする機会を得た。本稿はそのレポートである。

Zetlandはコレスポンデントと同様、絶え間ない膨大なニュースの流れに惑わされず、ジャーナリストたちが必要だと信じるニュースを吟味、追求して配信する。朝晩2回の配信で、朝はその日に知っておくべきニュースと調査報道を、夜はその日のニュースをそれぞれ10−20分程度配信している。当初は長編の調査記事を、月に一度会員に配信していたが、ビジネスとして成り立たせるためにも、また多くの人に影響を与えるためにも、日々の出来事に触れながらニュースを伝えていく必要を感じ、2016年に現在のスタイルに変更した。Klitgaard氏は「一部の人だけが価値がわかる「赤ワイン」だけを配給するのではなく、すべての人に必要とされる「ミルク」も供給するべきと考えた」とその決断理由を表現する。ジャーナリストたちには、購読対象として「地方に住む28歳の看護師」を仮定し、彼ら/彼女らが自分の状況と重ね合わせて聞き、メンバーになって良かったと感じられる記事を書くよう伝えているという。

訪問日は奇しくもエリザベス女王の死去が伝えられた翌日だったが、Zetlandではこのニュースを、生活する上で必要な「ミルク」として速報は伝えても、他のメディアのように何度も繰り返し報道したりはしない。ウクライナの影響でヨーロッパに広がるエネルギー問題を、身近で重要な事象として掘り下げる。また、マスメディア・ジャーナリズムのように、事件や事故をめぐって誰かの責任を追求し続けたりもしない。その背景にある問題状況を冷静に分析し、2度と同じことを繰り返さないために何を伝えればいいのか、そして読者に何ができるかを考えてもらえるよう、議論と工夫を重ねて記事を配信しているという。また力を入れて書いた記事を購読者に集中して見聞きしてほしいという理由から、ネットメディアがするように記事中にハイパーリンクは入れない。ハイパーリンクは読者を情報の海に放ち、迷子にさせるからだ。

このメディアが注目される最大の理由は、記事が文字と音声で配信されるシステムの新しさが若者に受け入れられたことだろう。とりわけ、読み残した部分がそのまま音声で再生されるアーキテクチャが特徴だ。朝、食事をとりながらその日のニュースを文字でチェックし、通勤の自転車に乗りながら、読み終えたポイントから音声で聞くことができるのだ。調査によれば、80%のメンバーが音声を活用しており、Zetlandではこの点を成功要因と見て強化してきた。

工夫されているのはメディア・プラットフォームのシステムだけではない。ジャーナリストの「語り口」にも注意が払われている。人工音声で伝えるのでも、アナウンサーのように統制され、感情を抑えた読み方でニュースを伝えるのでもない。ジャーナリストたちが取材・調査して、必要、あるいは面白いと感じたことを自らの声で伝えるため、聞いてほしいという気持ちが声の表情に自然と込められている。実際、通常の無味乾燥な文字やアナウンサーの読み方とは異なる、人間らしい伝え方が、若いオーディエンスから支持を得ているという分析だ。確かに、夕方の調査報道系配信を聞いてみると、デンマーク語ゆえに細かなところは理解できないが、音楽やインタビューが挟まれ、一つのコンテンツ、あるいはストーリーとして聴けるよう工夫されている。ニュースというよりもコンテンツといった方が良いだろう。

写真2 このブースから記者たちが語りかける。

一方、メンバーシップがブランディング、あるいはコミュニティとして意味を持っている点も興味深い。メンバー数が伸び悩んだ際、購読無料の期間を設けて増加を図ったが、その時増えたメンバーは長くは残らなかった。そこで、Zetlandは、自ら収入が足りず困っていることを正直にメンバーに伝え、なぜ自分がZetlandを購読しているのか、その継続がなぜ必要だと思うのかを家族や友人に伝えて、課金メンバーになってもらうよう働きかけてもらう「アンバサダー・キャンペーン」を展開した。つまり読む側にもこのメディアが必要とされる意味を熟慮してもらい、積極的に支持してもらうよう強いたのである。この試みが功を奏し、ここ数年はキャンペーンを行うたびに会員が着実に増加しているという。

Klitgaard氏はこのキャンペーンが成功した理由について、2点挙げている。一つは親しい人が重要だと思い、善意で薦めてくれることに耳を傾けようという気持ちが加入者側に強く働いたこと。そして、Zetlandのメンバーであることで、推薦者も加入者も、自らが社会状況をきちんと理解し、民主主義社会を支える市民の自覚と能力があることを表現できた点である。こうした市民意識は北欧ならではと言えるかもしれないが、言い方を変えれば、Zetlandを聴いていることがカッコいいと若者が認識したことが加入者増につながっていると言える。

Zetlandの次の展開は、このニュースを知ることで状況を変えていこうという動きを生み出すことだ。ニュースについてより実感を持って考えてもらえるよう、避難してきたウクライナの合唱団の公演や、ドラアグクイーンによるセクシャルマイノリティについてのトークやショー、シリアからの避難民の講演などのイベントも開催してきた。地方で購読する看護師が参加できるよう、3−4000円という価格設定でイベントを開催しているが、まだ十分ではないとし、今後もこうしたイベントを併催することで、ニュースの意味をより身近に感じてもらい、実際にメンバー等が顔を合わせ、ひいてはそこから議論のコミュニティが生まれ、新たな動きへとつながることが目標だという。

さて、こうしたZetlandの試みが、北欧の高い公共意識に支えられていることは明らかであり、日本にそのまま導入できるかどうかは検討が必要だろう。しかし日本でジャーナリズムのありようを捉える場合、この例から考えるべきこともあるだろう。さしあたり2点挙げておきたい。

1点目は、ニュースにおける音声メディア活用の可能性である。日本でのラジオ聴取率は欧米と比べてきわめて低く、一般的にラジオは「ジリ貧」と語られることが多い。しかし、ロイター・デジタルニュースレポート2022によれば、日本でポッドキャストを過去1か月に聴いた割合は27%となっており、デンマークと5%程度しか変わらない。また、たびたび指摘されるように、ながら聴取ができる音声メディアは、さほど負担なく試せるメディアでもある。学生たちの印象を聞くと、目が疲れないスクリーンレス・メディア、データ通信の容量を取らないメディア、想像力を刺激するメディアなどとして一度触れれば評判は悪くない。Zetlandでも、送り手の想いが一緒に伝わるニュースとして若者の評価が高いという点が示唆的である。またニュース、ジャーナリズムという視点から見ても、杓子定規な客観性に縛られてきたニュースの伝え方を音声表現の視点から再考してみる必要がある。またZetlandでは文字や写真も活用しているが、音声メディアのみであれば写真や映像を必要としないため、速報や著作権問題などにも対応しやすい利点がある。

2点目は、購読メンバーのコミュニティ化とブランティングである。実際、既存の日本のラジオやYouTubeチャンネル、あるいはポッドキャストにも、優れたジャーナリズム性を有した番組や、Zetlandと同様のファン層を持つコンテンツが少なくない。しかしこうしたオーディエンスに対し、ブランディング化が十分行われているとは考えづらい。 以前、札幌のコミュニティラジオ、FMアップルで、ファン層が厚い人気番組に対してクラウドファンディングを行って制作費をまかなう事例を紹介したが、その際、受け手側も、クラウドファンディングへの参加や、番組グッズの制作や購入によって、番組を支えることを誇りに感じている様子が明らかになった。メンバーシップ制はある程度安定した収入を得られるが、一方で受け手側との親密な信頼関係が必須だ。ジャーナリストの努力以外にも、優れたジャーナリズム活動を支えている自分が誇りに感じられるようなテクニカル、かつ意識的なブランティングが必要だろう。

音声のニュース、ジャーナリズムはこれまで実践的にも学術的にもあまり追求されてこなかったテーマではないだろうか。音声とジャーナリズムがクロスする場所には、新しい可能性が眠っている。