2022年9月、ホスピタルラジオ3カ所を見学した。Covid-19流行時には、いずれも病院内の立ち入りが制限される中、変化を求められる局も、また通常通りの活動を求められた局もあった。それぞれに個性的で全く異なる現状と未来像、そして持続可能性について報告する。

1 ) サウザンプトン・ホスピタルラジオ

エンジニア、ライブラリアン、プレゼンター、3名のボランティア。(ライブラリアンのTシャツには「これを読むことができれば、挨拶してください」と日本語で書いてあった。)

英国南部、サウザンプトンのロイヤル・ハンプシャー・カウンティ病院に位置するサウザンプトンホスピタルラジオは、起源を1952年のサッカー試合の病院中継に遡る歴史あるホスピタルラジオ局で、慈善団体として存在している。その栄光の歴史(としか言いようのない見事な過去の活動)は、Roy Stubbsによる『Celebrating the History of Southampton Hospital Radio: the First 50 Years』という書籍にまとめられており、またウェブサイトにも概略が載せられている。私はCovid-19の流行が一段落したら、Roy氏と面会して話を聞くことを楽しみにしていたのだが、2022年3月に逝去されたという。とても残念だ。

高齢のボランティアは、このホスピタルラジオチームが、一時期、地上波テレビの中継の一翼を担ったり、町のコンサート中継などを積極的に行っていた輝かしい時代を振り返り、その衰退を嘆いているが、後述するように、現在も100名近いボランティアがこの活動に参加している。さらにこのラジオ局では、通常の音楽番組、ホスピタルラジオ定番のリクエスト番組のほか、現在でも地元プロサッカーチーム、サウザンプトン・セインツの試合を病院内にだけ向けて特別な回線を通じて中継している点が特徴的だ。なお現在はまだ病棟内にリクエストをとりにいくことはできないままだ。

ホスピタルラジオ広報誌。ラジオの存在を患者に知らせる意味も。

サウザンプトンのホスピタルラジオでは、年数千円のボランティア会費を中心に、多様な財源を組み合わせて運営されている。支出については、主に楽曲代、機材費、時には修繕費などに使われる。サウザンプトンは慈善団体登録であることから、クジでファンドレイジングをする許可が与えられている。例えば50/50というクジは、スタッフや患者、知り合いなどが2ポンドを1口としてクジを購入し、当たった人には賞金が、外れクジ分が団体に寄付される資金調達方法で、規定の回数開催できる。また介護グッズやタクシー、自宅のリノベーションや旅行など、退院後の地域生活に必要となる商品広告と、ホスピタルラジオのスタッフ紹介が掲載された入院患者向けの広告情報誌(他地域でも同様のサービス有)の費用などが運営費に充てられている。そのほか、資金調達を兼ねて地域の祭りやマラソンなどのイベントに音声技術チーム(PA)を派遣するなど、地域に密着した活動も少なくない。

英国のホスピタルラジオはどこもTech Savvyが中心にいて、手作りで組んだシステムが自慢。

システムを組むエンジニア(元企業エンジニアが多い)、機材を扱うオペレーター、レコードやCDの管理をするライブラリアン、番組を担当するDJ(40名近く)、病棟を回ってリクエストを集めるボランティアなど、スタッフはおそらく英国のホスピタルラジオで最大級の100名近く。参加する動機は人によってまちまちだ。ネット以前、放送メディアが輝いて見えていた60年代には、放送技術に関心を持ち、ラジオ局を作り上げたいと考える アマチュア(セミプロ?)が自分達でブリコラージュしながら館内放送や中継のシステムを組み、病院のベッドサイドに向けて放送を始めた。現在も、ホスピタルラジオのスタジオやシステムはこうしたプロやアマチュアの技術者たちが各局独自に考案しているが、日本のコミュニティ放送局とほぼ同様か、あるいはそれ以上に立派なスタジオやサーバーを設置している。またプレゼンター(DJ)は、歴史的にも、ホスピタルラジオで研鑽を積んだのちに、地域のラジオ局、そしてBBCへと昇進していく登竜門であった。もちろん、ただ音楽が好きで関わりたいというボランティアや、病棟にリクエストをとりに回ることで患者たちを慰め、楽しみを与えたいと考えて参加する人もいる。しかし、どのホスピタルラジオでも聞く話だが、技術や音楽に関わりたい、DJをやりたいと入ってきたボランティアであっても、患者たちから感謝を述べられたり、喜ばれたりすることが活動を継続する理由になるという。

この局では、Covid-19の隔離期間中、ボランティアたちが各自の家から放送できる仕組みをエンジニアが立ち上げた。現在も基本的にはそのシステムのもとで24時間放送されている。リクエストを集めに病棟に行けなくなってしまったことを嘆きつつ、そろそろ解禁されるだろうから、今後はまたリクエスト番組が活動の中心になるとの見通しであった。

2 ) レッド・ドット・ラジオ

スコットランド・エジンバラ、Western General病院内にあるred dot radioは、ベッドサイドにあるラジオリモコンの赤いボタン(red dot)を押すと聴けるラジオということで名付けられたホスピタルラジオである。普段はBBC2を流しているチャンネルを、夜の8時から10時の2時間だけリクエスト中心の参加型番組に切り替えて放送する。この局の特徴は、なんと言ってもCovid-19期間中も病棟をまわり、患者たちのリクエストに応え続けた点にある。ホスピタルラジオは地域のNHS(国民保健サービス)の影響を強く受けるが、その支持あってのことだろう。今回、私はここで初めて病棟にリクエストをとりにいく活動に同行することができた。ちなみに病院内は撮影禁止なので、私の記憶に沿って活動を記述しておく。

病棟訪問前のカービー氏。

この日、代表のマルコム・カービー氏は、夜8時から2時間放送される番組で流すリクエスト曲を募るため、Covid−19の簡易検査をおこなったのち、病棟に向けて6時にスタジオを出発した。首からはネームプレート。リクエスト用のバインダーを持って出かける。この日は、マルコムと当日のプレゼンターが、それぞれ10曲のリクエストを患者から集めるという。マルコムはナースセンターにまず顔を出し、話しかけない方がいい患者がいるかどうかを尋ねる。彼の役割を十分理解している馴染みの看護師たちが、明るく挨拶をしながらテキパキと伝えた必要な情報をもとに、彼は病室に入っていく。まだ夕暮れの光が差し込む病室の様子は日本とさほど変わらない。見舞いに来た家族や友人に取り囲まれている患者もいれば、一人で夕食を取ったり、本を読んだりしている患者もいる。訪れた病棟にはあまり深刻な状況の患者はおらず、退院が近い患者が多かった。最近は、英国でも病床が逼迫しているために、ホスピタルラジオのことをよく知らないまま退院してしまう患者が増えたという。

リクエスト曲を入力後、レコードやCDを準備。

「ハーイ、私たちはレッド・ドットラジオ、ホスピタルラジオですよ。知ってますか?」明るい声で患者たちに挨拶をして病室に入る。どこも2-3名の病室。マルコムは、患者一人ひとりをしっかり見つめながら、ホスピタルラジオを知っているかどうか、リクエストしませんか、と尋ねる。早速「あ、いいです」と拒否する患者が2割程度。他の8割の患者はマルコムに敬意を払いながら、話を聞く体制に入る。ホスピタルラジオを知っていると答えた患者がおよそ3割。知っている患者は以前にリクエスト曲が流された時のことなどを話し、今回も曲をリクエストすることが多かった。マルコムは患者からファーストネームとリクエスト曲、アーティスト、そして何かメッセージがないか尋ね、また、いつ就寝するか。曲をいつかけたらいいかを尋ねてメモをとる。患者がラジオの聴き方がわからない場合は、手取り足取り丁寧に伝える。英国ではベッドでテレビやオンデマンドの映像、ラジオや電話ができるベッドサイドメディアが一時期普及したが、その後の度重なる改修等によって、この病院でも病棟によって、ラジオの聴き方が何種類もあり、使うイヤフォンやヘッドフォンも異なるのだという。こうしたシステムは病院側の意向で決まるので、事後的に対応しなければならず、マルコムはさまざまなイヤフォンやスマートスピーカーなどを常にバッグに入れて病棟を訪れ、システムを補修しながら使い方をレクチャーする。私が訪れた病棟のベッドサイドのリモコンは、ナースコールと間違いやすい形状のためか、わざわざ壁際に巻き付けて収納されてしまっていることが多く、正直、存在感が薄く、使い方もわかりづらい。またマルコムは、スマホを持っている若者に、病院内WiFiの聴き方を丁寧に教えるついでに、ネットでレッドドットラジオを聴く方法を教え、リクエストを募っていた。

生放送の様子。この日はプレゼンター(高齢男性と若手女性)、技術担当の3名が担当。

患者たちのリクエストは実に自由だ。ドヴォルザークの「新世界」から、フランク・シナトラの曲、若者がリクエストしたものの、歌詞にドラッグについての記述があるため放送できず、代わりに選ばれた同じアーティストのラップ曲など、商業ラジオ局ではあり得ないラインナップである。あるいは、曲名とアーティスト名が微妙に違っているために、どの曲かがわからなくなってしまい、スタッフ三人で頭を抱えていたケースもあった。ちなみにこの局ではレコード盤からそのまま曲を流している。聴いていてかなり古い曲という印象を持ったので尋ねてみると、なんと1935年の曲だった。患者たちは「きっとこんな古い曲ないよね」とリクエストするというが、ほとんどのリクエストに応えることができるアーカイブがボランティアの自慢だという。なお、ちなみにこの日は、「お世話になったすべてのお医者さんや看護師さんにありがとうの気持ちを込めて」という若い男性からのメッセージ付きリクエストもあった。

サーバーシステム。現在、この局には技術面に明るいスタッフがマルコムしかおらず、後継の育成が課題という。

リクエストは必要ないという患者には、ビスケット1箱をかけた「Competition」に誘う。メールや電話でクイズに答えてもらい、勝者には、放送終了後に、DJがビスケットを持って病室を訪れる。番組では数名参加者がおり、またクイズはそこそこ難しいらしく、答えが出るまでには結構時間がかかっていた。このように、red dot radioでは、生放送であること、患者がラジオ番組に参加して楽しむことを最重視している。24時間録音番組を流すのではなく、リクエストとクイズにフォーカスして、生のやりとりで患者を楽しませることがホスピタルラジオの真骨頂だということらしい。

日本でホスピタルラジオを始めた藤田医科大学病院の「フジタイム」スタッフから寄せられた「どうやって患者にラジオを認知してもらうのか」という質問に対しては、「対面で声をかけること。どれだけポスターを貼っても、チラシを配っても、なかなか聴いてはくれないよ」との答えが返ってきた。実際、マルコムのように満面の笑みで病室に入り、「ホスピタルラジオ、知ってますか?」と声をかけられたら、患者は多かれ少なかれ(善かれ悪しかれ)関わらざるを得ない状況になる。私なら、促されるままにリクエスト曲を選び、その時間になったらラジオを聴いてしまうだろう。ついでにクイズにも参加するかもしれない。そうしているうちに、病気や治療のことを一瞬、忘れるのだろう。逆に言えば、ボランティアにとって、こうした見ず知らずの患者に話しかけ、コミュニケーションがスムーズにできるようになるには時間もかかるに違いない。そしてこれから患者やメディアと関わることになる学生ボランティアたちには、とてもいい経験になるだろう。

ちなみにこの局では、英国国民保健サービス(NHS)からの寄付が収入の半分近くを占める点が特徴的だ。そのほかは、メンバー会費、個人の寄付、チャリティクジの収益など、他のホスピタルラジオと同様の手法によって賄われている。

3) ウィンチェスター・ラジオ

ウィンチェスターラジオのボランティア。皆がそれぞれの関心から関わっているが、いずれもプレゼンターとして活躍。患者らからの反応が楽しみという。

英国南西部の歴史の町、ウィンチェスターにあるロイヤル・ハンプシャー・カウンティ病院にあるウィンチェスターラジオは、サウザンプトン・ホスピタルラジオから独立、その後、ホスピタルラジオからコミュニティラジオへと変貌を遂げたラジオ局である。現在は、2000年代初頭から免許が発行されるようになったコミュニティFM局に切り替え、ウィンチェスター周辺の半径5キロ程度に向けて24時間放送されている。ここまで見てきたように、デジタル・デバイスが多様に存在する時代、病院内の限られた方式でしか聞けないホスピタルラジオの存在意義が問われる時期を迎えてもいる。そこで全英ホスピタルラジオ協会の会長でもあるナイジェル・ダラード氏は、自ら放送行政に携わっていた経験を活かし、病院の中だけでなく、患者と高齢者を対象にした情報に特化した地域コミュニティ向けの番組をホスピタルラジオのスタジオから放送しようと考えた。折りしもウィンチェスターには地元情報を伝えるラジオ局はなく、地域住民のニーズもある。英国におけるコミュニティFMとは、市町村レベルの地域を対象とする日本のコミュニティFMとは異なり、いわゆるマスメディアでは十分に情報提供できない小規模コミュニティやマイノリティのニーズを補完するために放送を行う非営利のラジオを指す。英国内に居住する多様な民族、ジェンダー、宗教や年齢の人びとといった特定のコミュニティに向けた放送が想定されたシステムである。

全英ホスピタルラジオ協会長であり、エンジニアのナイジェルらは、ボランティアが自宅から放送できる24時間放送のシステムを早々に構築。現在もこのシステムで放送されている。

ウィンチェスター・ラジオは、過去30年間培ってきたホスピタルラジオの「患者のために」という理念を残しつつ、高齢化が進んでいることを受け、50代以上をターゲットにした音楽を流し、より地域社会の健康・福祉に焦点を当てた放送へとシフトさせることを目的に、コミュニティFMの免許を取得し、2019年から放送を始めた。私が訪問した日はエリザベス女王葬儀の時期だったため、あるプレゼンターは街に女王の思い出を聴きに取材に行くなど、プレゼンターやボランティア記者らは自ら得意な分野で街や病棟に取材に出、住民や行政などにインタビューするほか、情報を収集して放送に臨む。数は少ないが、認知症や健康などに特化した番組もある。ただ開局してすぐコロナ禍に見舞われてしまったため、自宅からの放送環境は整ったものの、取材やリクエスト収集は十分にできていないという。まだ病棟に入ることが許可されていないが、今後、病棟でのリクエスト収集が可能になれば、ホスピタルラジオとしての役割を復活させながら、健康や福祉に焦点を当てた地域密着型放送を目指しているという。

コミュニティFMとなったことで、収入源として広告を取れるようになったが、現在は介護関連の人材を募集する広告など限られており、まだ十分ではない。ただボランティアベースなので、会員からのメンバーシップや、助成金、地域慈善団体からの寄付などによってなんとかやりくりできているという。初めてのホスピタルラジオからコミュニティFMへの移行ということもあり、注目度も高い。現在、地域での知名度を向上させ、地域活動団体や企業、行政など多様なアクターと連携し、より地域密着型のラジオ局にしていくため、英国の放送規制組織Ofcomが設置しているコミュニティラジオ基金から助成金を得て持続可能なコミュニティビジネスを展開していける人材の雇用を進めている。