韓国で地方に新聞社が多く誕生したのは、地方自治体制度が発足した1990年代のこと。自治体ができることで市民運動が盛んになり、ソウル中心の政治・経済制度に対して異議申し立てが行われるようになった。地域メディア、とりわけ新聞は、こうした流れで設立されたという。

よく知られるように、韓国はソウルに全てが一極集中していて、日本とまったく同じように、ソウルと、ソウル以外を意味する「地方」という用語が定着している。ソウル市内から高速バスで2時間弱、忠清南道に位置する唐津(Tangjin)市(人口17万人)も「地方」都市だ。従来からの農業に加え、現代(Hyundai)製鉄や大規模発電所を有する工業地帯で、外国人労働者も多く、人口の半分程度が新住民で、同時に農村地帯では高齢化も進んでいるという。唐津市でも90年代には新聞社が林立したが、現実的に維持していくのは簡単ではなく、現在はオーナー新聞である唐津新聞、唐津Todayと、今回訪問した唐津時代という3つの新聞が存在している。ちなみに唐津の話題を扱うインターネット新聞は50程度ある。

唐津時代(新聞名)は、唐津市周辺に配達される紙の地域新聞(週刊)として1993年に設立された。今では、市町村単位をエリアとして、ウェブを中心に多様な媒体で情報を配信する「ハイパーローカルメディア」といえる。市民が株主となって設立されたハンギョレ新聞に倣って、150名の株主によって設立され、その数は現在では900人にまで増加。一人当たり日本円で1万円から10万円程度出資している。現在、有料購読が4000部、価格は1ヶ月7000ウォン(700円程度)で、宅配、あるいは郵便で届けられる。現在は自社サイトの他、YouTube、Facebookをはじめとするソーシャルメディアでも記事や映像を配信している。

記事については、政治・社会・行事など幅広く扱い、なるべくたくさんの人が記事になったり出演したりするように心がけているという。また大統領即位前の盧武鉉氏が唐津を訪れたときにも、港の名前を「唐津」にするよう新聞社として要望をし、実際にその名称を確約させた。また牛の足を折って補助金をもらう詐欺事件が全国化した際には、唐津時代の調査報道が発端となって政策の変更をもたらしたという。環境問題への関心が高まっている現在では、地域新聞は身近な環境問題に関心を持ってもらう上で有用だと副編集長のリム アヨン氏は述べる。

『唐津時代』の社屋

現在の収入は広告料と購読料が7:3の割合で、他に自治体委託の研究収入や事業収入があり、黒字経営だ。2020年に自社ビルへと移転し、スタジオを備えたメディア企業となった。従業員は記者5名、経営系の業務を担当する2名、そして映像を扱う協同組合の職員6名の計13名で運営している。そのほか理事会として、教員や農業従事者など、地域住民20名による理事会、そして疑問がわいた際に相談できる専門家100名による諮問委員会が設置されている。フラットな組織体制ゆえに株主総会などにおいて運営の難しさもあるが、独立性という点ではいい使命感と緊張感があるという。編集と経営の独立についても、地域内の企業を批判した際に、その企業の関係者から批判の手をゆるめるよう理事に連絡があったというが、その理事は言論の自由とジャーナリズムの重要性を熟知しており、スタッフにはそのことを黙っていたという。日本と異なり、韓国では地域新聞でも権力監視を行うのは普通という認識があり、それこそが新聞やメディアの存在意義だと考えている。

『唐津時代』でのミーティング

2018年ごろから新聞や文字情報だけでなく、映像の必要性を感じるようになり、映像制作を行う「唐津放送」という協同組合を別に作り、映像中心のチームが撮影、編集を行っている。ケーブルテレビ局並のスタジオでは、多様な番組が収録され、地元ケーブルテレビを介して放送されたり、YouTubeで公開されたりする。また地元YouTuberや、動画配信をやってみたいという市民に場所を提供し、地域貢献として収録や編集、配信についても手ほどきしているのだという。またこの組織では、市の教育委員会などから映像教育などの委託も受け、子どもたちと映画を制作したり、唐津の海の変化を高齢の漁師らにインタビューし、その内容を本にして出版するなど、多角的に地域情報を発信する術とともに収入源も模索している。事業展開に際しては、韓国言論振興財団の補助金を申請して進めた。

唐津放送の収録スタジオ

設立から30年。インタビューに答えてくれた副編集長、リム アヨン氏は、新聞がどうあるべきか、アメリカやドイツの事例を学びながら考えてきたという。また唐津時代の記者は圧倒的に女性が多く、アン氏もいずれ編集長になる予定だ。市民株主という収益構造による地域ジャーナリズムの事例として大変興味深い事例である。今後とも日本と韓国との地域レベルのジャーナリズムの交流を進めていきたいメディアだった。(2023.11.23訪問) 

唐津時代のスタッフと訪問団

科学研究費(基盤C)19K12698「次世代型ジャーナリズムのファンドレイズをめぐる調査研究」
また韓国のメディア人類学者、金暻和さんにご協力いただきました。

小川明子(2024) 「韓国におけるジャーナリズムと支援制度」放送レポート307, pp.36-39.