韓国言論振興財団(Korea Press Foundation)は、政府広報のコンサルタント的役割を担うことで資金を獲得し、その資金の一部を活用して、ジャーナリズムや言論活動をめぐる研究活動、ジャーナリズム活動の振興やメディア企業の経営革新、ジャーナリストの再教育や市民のメディアリテラシー向上などを幅広く担う基金管理型準政府機関である。2010年、デジタル化に向けたメディアの変革、健全なジャーナリズムのサポート等を目的に、プレスセンターをはじめとするさまざまな機関を統合し、政府によって2010年に設立され、研究活動、言論やジャーナリズムをめぐる会議の運営、記者の海外研修派遣、セミナーの運営など、きわめて興味深い事業が幅広く展開されている。今回は、当財団が事業選定等に関わる「地域新聞発展支援事業」について、財団のディレクター、キム・ソンホ氏に話を伺った。なお部分的に財団発行の報告書等でデータを補っている。
韓国では、軍事クーデターによって朴正煕政権が成立した1961年と、民主化運動が盛んになった1980年に強制的な新聞統廃合が行われた。1960年に制定された「新聞等及び政党等の登録に関する法律」では、印刷機などの施設を基準に、中央紙49紙、地方紙27紙が取り消し対象となり、中央日刊紙は15社、地方日刊紙が24紙に統合された(채,2013:142)。1980年にも、全国日刊紙 6社、地域日刊紙10社へと同様の統廃合が行われており、報道機関の数が限られてきた(최·김,2021:4)。
その後、87年の民主化に伴い、それまで自由な言論を制限していた報道基本法が撤廃され、新聞社の設立が始まるが、それでも自由な設立にはほど遠い状況が続いた。2000年代半ばに法制度が整い、2004年3月に「地域新聞発展支援特別法」が制定されたことで、改めて地方における新聞社の設立、復刊が相次いだ。この法律は、「地域新聞の健全な発展基盤を形成し、世論の多元化、民主主義の実現、及び地域社会の均衡的な発展に寄与すること」を目的に、健全な地域ジャーナリズムの実現を支援することが定められている(최·김,2021:10)。こうした背景から、世界的に新聞の購読部数が急速に減少する中にあって、韓国では2020年代に入っても日刊紙の創刊が続いており、韓国の新聞購読部数はさほど減少していない。とはいえ、その一方で、新聞の「熟読率」は2002年以降急降下(한국언론진흥재단,2020:65)しており、紙の新聞を本当に読んでいるのかといえばそうでもなさそうだ。韓国におけるニュース購読は、日本以上に、Naverなどのポータルを介したニュース消費へと移行している印象がある。ちなみに韓国の全国紙には、日本のような「県域版」はなく、全面が全国ニュースなのだという。韓国は日本以上の首都一極集中であると言われるが、その理由の一端はこうしたニュース配信のあり方も関係しているかもしれない。
もともと購読者数が少ない地域新聞のニュースは、そうしたプラットフォームからも弾かれがちで、地域への関心の低下と読者数の減少という負のスパイラルに陥りがちである。また紙が主流であった時代は、韓国においても広告、印刷、出版などの事業が収益となっていたが、その収入も落ち込んでいる。2010年には、こうした事情を踏まえて「地域新聞発展支援特別法」が改正され、報道機関の経営環境やコンテンツ流通・配信構造の改善、デジタル化の改善に向けた支援、またそうした改善を支える上でも不可欠な人材養成・教育事業などが追加され、ネット時代にローカル・ジャーナリズムを維持・発展させていくための幅広い支援事業が新たに設定された。
財団では、全体で年間4000万米ドルベースのジャーナリズム支援が行われているが、そのうち5分の1程度が地域新聞関連の支援だ。基本的に申請できるのは紙で新聞を発行していることが条件で、記事の質を向上させるための支援(企画取材の支援や住民参加報道、提案事業に対する支援)、調査研究、記者の研修や教育をめぐる支援、記事資料のデジタル化やデジタル機器のレンタル支援、そして疎外されがちな人びとの購読料支援、地域新聞を活用したメディアリテラシー教育の支援など、で2020年には総額79億6800万ウォン(7.9億円)の支援が地域新聞社に支払われている(최·김,2021:12)。その多くが各社からのプロジェクト申請に基づき、理事会の審議の上で配分額が決定される。
ちなみに助成先の決定など,財団の運営に対して決定権を持つのが理事である。この理事は、新聞、放送の業界団体、編集者とジャーナリスト組合の代表、韓国言論学会の代表という計5名と、さらに4名のジャーナリスト経験者によって構成される。4名のジャーナリストについては、政権によって任命されるため、政権側に寄り過ぎているとの批判も絶えないが、形としては、一応5名の業界団体関係者が連帯すれば過半数が取れる仕組みになっているという。(財団の委員選定や予算承認をめぐってはNHKと同様の事情だと考えるとわかりやすい。)
地域新聞発展支援特別法の制定にあたっては地域新聞の経営者らによるロビイングがあったとされるが、その際、地域の新聞を読むことから疎外されがちな階層や立場にいる人びとに情報を伝えることが掲げられ、現在も各種福祉施設や独居老人などに新聞が配達され、その分の購読料が財団から支払われる仕組みになっており、この事業も間接的な支援になっているという。また、先に挙げたような支援事業については、地域新聞の社員からは、例えば企画取材支援事業によってこれまで考えられなかったような専門的な報道ができるようになったとか、住民参加型の報道の支援によって、記事に多様性や新規性が生まれたという評価がなされているという(최·김,2021:74-92)。また、デジタル化支援についても、貴重な地域情報資源が保存できたなど、おおむね肯定的な評価であるという(최·김,2021:121-131)。
ジャーナリストの再教育についても、世明大学ジャーナリズム大学院との提携でコースが設けられており、データジャーナリズムや取材法などについて学び直すことが可能だという。この財団はまた市民や子どもへのメディアリテラシーについても関与しており、興味深いことに各地の新聞や研究者と協働して地域ごとに教科書が作られている。実際に手にしている子どもは全体の5%だというが、現地の研究者に見てもらっても、単なるNIE(新聞を教育に)キャンペーンとは異なり、メディアリテラシーの先端を踏まえた構成になっているという。
お隣の国にこれほど充実したジャーナリズム支援の公的機関があるのに、対照的に、日本では残念ながらジャーナリズム支援の必要性も耳にしたことがない。ちなみに北欧をはじめとするヨーロッパには報道助成金がある国もある。間接的であっても、政府からの資金援助を受けることで独立性が奪われる可能性も容易に想像できる。しかしこうしたモデルを知り、その可能性を議論すること、そして何よりジャーナリズムの重要性についての理解を深めていくことの必要を痛感させられる調査だった。
参考文献
小川明子(2024) 「韓国におけるジャーナリズムと支援制度」放送レポート307, pp.36-39.
채백(2013) 박정희 정권의 언론 정책과 지역 신문 : 부산 지역을 중심으로. 한국언론정보학보, 통권 62호, pp.140~158.
한국언론진흥재단(2020). 2020 언론수용자 조사 . 한국언론진흥재단.
최민재·김영은(2021) 지역신문 발전 지원 사업 성과분석,한국언론진흥재단.