立命館大学に移って始まった学部生向け授業の一つが、「ドキュメンタリー映像演習」だ。今年サバティカルに出られている先生の代打だが、ドキュメンタリー好きには考えるだけでもうれしい授業。さらに2組までゲストが呼べるというので、今回は、戦争の現場から映像を送り続けるアジアプレスの綿井健陽さんと、元東海テレビのドキュメンタリストで、司法領域をテーマに作品を作ってこられた、関西大学社会学部教授、齊藤潤一さんにおいでいただいた。どちらも私の人生を変えたと言っても過言ではない作品の尊敬すべき監督。授業をしていただけるなんて、夢のような話だ。

綿井健陽さんの講演『戦争とメディア』

綿井さんとは、愛知淑徳大学講師時代、イラク戦争で傷ついた人びとを描いた映画『リトルバーズ -戦火の家族たち』で出会った。ゲームのように、対象だけを狙っているかのように見せる「ピンポイント爆撃」や米軍発表が多かった日本のテレビでは描かれてこなかった現地の様子を静かに伝え、そこに暮らす人びとの生活を視聴者に想起させる作品だった。その続編となる『イラク -チグリスに浮かぶ平和』は、『リトルバーズ』で取材された家族のその後に焦点を当てた作品で、これもまた日本ではほとんど描かれない中東の現実を突きつけられて苦しくなった。

その後、シリア情勢などがあったものの、もう戦争はなくなったかのように感じられた時代を経て、ウクライナ戦争、そしてイスラエルのガザ攻撃と、我々は混迷の時代に突入している。テレビをはじめ、日本のメディアは十分取り上げてはいないが、そこで何が起きているのか。現場で見てきたジャーナリストから学んでほしいというのが今回の目的だ。

戦場の音、そして匂い。これらは映像では伝わりきらないものだ。死体を見せること、見せないことによって、得られること、失うこと。いくつかの事例を示していただきながら、私たちは想像力を持って映像を見ることの必要性を学んだ。

さらに戦時下の国々を回ってきた綿井さんにとっても難しい取材がガザなのだという。行けるところまで行き、幾重にも鉄条網で覆われたガザを、望遠レンズで精一杯覗いて見えてきたのは、これまで綿井さんも見たことがないほど破壊された町だった。そもそも近くまで行っても、標識に「ガザ」という地名は見当たらないのだという。イスラエルにとって、「ないこと」にされている町なのだ。こうしたことも、現地に行かないとわからないことだろう。ガザが取材できないという状況から、私たちは何を知ることができるのだろうか。

ドキュメンタリーをいかに作るか:齊藤潤一先生の講演

東海テレビは、阿武野プロデューサーの下、常識を覆すようなドキュメンタリーの名作を生み出してきた局だ。なかでも、齊藤潤一さんは名張毒ぶどう酒事件を契機に、『裁判官のお弁当』、光母子殺人事件の弁護団を追った『光と影』、裁判員制度を前に死刑制度について考える『罪と罰』など、わたしたちが知らない司法の世界に焦点を当てたドキュメンタリーを数々制作されてきた。『光と影』『罪と罰』は、私自身が死刑や司法判断について考え方を覆された作品だ。

齋藤さんには、これまでの作品概要を見せていただきながら、どのようにテーマを見つけていくのか、主人公として撮影を許可してもらうための説得方法と距離感とは?、またタイトルの重要性などをめぐる講義をしていただき、学生たちが考えてきたドキュメンタリーの企画案にもコメントをしていただいた。

齋藤さんのお話から、改めてテレビの力を感じた。最近の学生は本当にテレビに関心がないし、就職も考えていないという学生が多いが、報道機関として認められているテレビだからこそできるスケールの大きな取材がある。司法という見えづらい場所にも入っていけるのは、マスメディアならではだろう。

95歳のゲイ、ご本人もディスカッションに登場

さらに授業では、『94歳のゲイ』公開に合わせて、毎日放送の吉川元基監督と、プロデューサーの奥田雅治さんにもきていただいた。そして驚くべきことに、主人公である95歳の長谷忠さんも同席していただき、学生とのディスカッションに参加していただいた。詩人でもある長谷さんの佇まいは、この映画の魅力になっている。

私自身は、LGBTQの概略について、たまたま学生の論文指導やラジオ番組で知る機会があったが、学生たちは、実は性の多様性やその歴史についてはほとんど知らない。「LGBTQは最近始まったことだと思っていた」というコメントも多かった。しかし、LGBTQに関する理解はぼんやりとポジティブだ。95歳になられた長谷さんは、学生たちにLGBTQをどう思うか問いかけ、理解が進んでいることに驚いておられた。映画の中にもそうした時代による感覚の差に驚かれるシーンがあるが、誰かに告白したことも、性的行為もしたことがない長谷さんにとっては隔世の感だろう。実際、50代初めの私自身も、他の社会運動と比べてLGBTQ領域における変革がきわめて早いことに驚いている。

長谷さんに、自分がゲイだと表現してもいいんだと気づいたのはいつですか、と聞いた。長谷さんは少し考えたあと、90年代に「パレードに参加したときかな」と答えてくださった。今年の東京のプライドパレードにも参加されたそうだ。私自身も東京のパレードを見て、その熱気と人出に驚いたが、パレードという形でみんなで表に出ることで、自分自身の性的嗜好を肯定できるようになるのなら、素晴らしいことだなと感じた。